古雛まつり
雛人形の解説
享保雛
江戸時代中後期に流行した雛です。面長な顔で切れ長の目。口元はやや開きぎみ、男雛は烏帽子を冠り笏(しゃく)を持ち両足を揃えています。女雛は華麗な冠をかぶり、五衣(いつつぎぬ)や唐衣(からころも)に似せた衣装に綿でふくらませた紅袴をつけています。

古今雛
江戸後期、江戸独自の雛として完成、京にも影響を与えました。女雛の袖には華麗な刺繍がほどこされ装飾性に富んだ雛です。現在製作されている雛人形はこの古今雛が原型です。

押絵
享和年間1801年〜)頃、松本より上田(東信)地方に伝えられました。押絵の名称の成立は嘉永年間1848年〜)以後で、坂城に入ったのも同時代と考えられます。多くは3月の節句に贈答品として使われました。台紙(蚕種紙が多く使われました。)を切り抜き布地の下に綿を入れてふくらませ、絵の形に組み合わせたものです。

つるしもの(飾り)
江戸時代後期、上田地方から坂城にも伝えられたと考えられます。三月の節句の祝い品として贈られました。坂城のつるし飾りも上田地方のものと酷似している点から雛に関する文化は同時代と考えられます。絹布に綿をつめたり厚紙こ布綿をつめ、形にして木の柱につるしたものです。
坂城の古雛に関しては記録・資料にとぼしいので、時代の流れの中で、東信地方に酷似している点から今回上田地方の資料を参考にさせていただきました。
参考資料 上田の雛人形
協力者 小野和英氏
宮沢裕紀子氏
坂城古雛まつり開催にあたり
![]() 準備の様子 |
昨年、北国街道坂木宿にゆかりのある家々からご協力を賜り、初めて「古雛まつり」を開催しましたが、今回は坂城町全域から、江戸時代、この地域で大切に飾られ、守られてきた古雛たちを「この坂木宿ふるさと歴史館」で展示させていただくこととなりました。
昭和30年に旧坂城町、中之条村、南条村が合併し、昭和35年に千曲川対岸の村上村が合併して現在の坂城町が誕生しましたが、今回の雛人形たちが生まれ過ごした江戸時代、この坂城町域は江戸幕府が直接支配する地域(天領)と松代の真田家が支配する松代藩領に分かれていました。
支配領域が違うとはいえ、雛人形の多くは江戸方面から北国街道を下って、この坂城地方に伝えられてきたものであり、時代や特徴もその多くが共通しています。
![]() お抹茶サービス |
しかしながら、長い年月を経過する中で、雛人形に関する記録や資料の多くは失われ、人形の生誕、そのあゆみを知ることは難しい状況にあります。
人形自体、痛みの進んでいる箇所も多少ありますが、江戸時代以来、この地域の人々が雛人形を愛し、大切にしてきた気持ちを理解していただければ幸いです。
そして、まだこの地域で静かに眠っている雛人形たちについても、今後、目覚めの機会を与えていただければと思います。雛人形に関する情報を是非お寄せください。
![]() にぎわい実行委員会 |
最後に本古雛まつり開催にあたり、作品の出品にご協力を頼りよした関係者の皆さまに心から感謝と御礼を申し上げます。
商店街にぎわい実行委員会




