坂城町の観光

 

* びんぐしの里公園
各種屋内外のスポーツ施設および自然に親しめる広場を備えた公園です。
* 和平公園
標高1,000mにあり、山の家、キャンプ場、フィールドアスレチック等の遊具施設が備わった公園です。
* 格致学校(県宝)
明治時代の洋風建築を残した組合立学校です。現在は、「歴史資料館」として使用されています。
* その他
つけば、満泉寺、岩鼻、耕雲寺、葛尾城跡、十六夜観月堂

 

びんぐしの里公園


びんぐしの里公園は、美しい緑や水にふれあえる憩いの広場。 松林を抜ける散策道や、ちびっこたちの遊具コーナー、各種スポーツ施設などが充実しているから、誰でも気軽に楽しめます。

施設のご案内
丘散策道びんぐしの丘散策道

森林浴気分で楽しめる1周40分ほどの散策道。途中にある2つの展望台からは、それぞれ長野方面と上田方面の美しい景色が眺められます。


アスレチック広場アスレチック広場

木とロープで作られたさまざまな障害物を、軽快にクリアしてゴールへ。大人も子供も楽しめるアスレチック施設が並んでいます。



ちびっこ広場ちびっこ広場

滑っているとセンサーでカッコウの声を響かせる全長100mのローラー滑り台をはじめ、ナワくぐりや潜望鏡が一体になったドッキング遊具、動物遊具などが揃った小さな子供の遊び場です。

 


多目的広場

多目的広場

備え付けのバスケットゴールで人気の3 on 3を楽しんだり、ラジコンカーで遊んだり。 思い思いに利用できるフリースペースです。

 


芝生広場芝生広場

青々とした芝生の上で寝転んだり、おしゃべりしたり。正面にある野外ステージを使ってコンサートなど各種イベントも行えます。

 

 

親水広場

川辺だけではなく、川のなかにそのまま入ることができる爽快スペース。清らかな水とふれあいながら、水遊びが楽しめます。


レストハウス公園管理センター

施設のご案内や予約は、ログハウスの中にある公園管理センターへ。

 


屋内ゲートボール場(すぱーく坂城)

雨天でも楽しめる屋内ゲートボール場は、ゲートボール以外にもミニサッカーやテニス、ビーチボールバレーなど多目的に使えます。

テニスコート場

カラフルで、足にもやさしい人工芝(砂入)仕様のテニスコートが2面。日が暮れてからでも楽しめる夜間照明が付いています。

マレットゴルフ場

山の傾斜を生かしたアップダウンのある3つのコース(全27ホール)。松林に響く小鳥のさえずりを聞きながら、爽やかにプレイできます。



施設使用料


テニスコート場
1面1時間につき
一  般 600円
中学生以下 300円
夜間照明施設利用 400円
屋内ゲートボール場
(多目的利用できます。)
4時間(半日)につき
専用する場合 2,000円
専用しない場合(2時間) 200円
夜間照明施設利用 1,000円

用具使用料

テニス用具

(ラケット1本・ボール2ケ)
一  般 200円
中学生以下 100円
マレットゴルフ用具

(スティック1本・ボール1ケ)
一  般 200円
中学生以下 100円
ゲートボール用具

1回につき
スティック・ボール 200円
試合用具一式 1,000円
ミニサッカー用具

1回につき
一  般 1,000円
中学生以下 500円
卓球用具

1回につき
一  般 1,000円
中学生以下 500円
ビーチボールバレー用具

1回につき
一  般 1,000円
中学生以下 500円

施設利用時間

午前9時から午後9時まで

お問い合わせ・ご利用のお申し込みは

〒386−06 長野県坂城町大字綱掛3000番地
びんぐしの里公園内 都市公園管理センター
tel 0268 82 0234
休館日 12月28日―1月4日
開館時間 午前8時30分―午後5時

駐車可能台数

110台

和平公園
和平公園のあらまし

和平高原は、国道18号線から自動車で20分ほどの近距離にある標高1,000mの高原地帯で、遠く北アルプスも眺望できる豊かな自然環境に恵まれ、ハイキング、山菜取り、自然探勝など、四季折々の自然が満喫できます。

 

坂城町では、昭和57年、この高原に収容人員100名の宿泊施設「和平高原山の家」を建築し、併せてキャンプ場の整備を行い、青少年や各種団体に自然体験の場を提供してきました。和平高原を訪れる人の増加とともに、町民や企業の方々の公園設置要望が高まり、平成元年、和平高原の家及びキャンプ場周辺の1haを「和平高原」として整備しました。


この和平高原は、和平高原山の家、キャンプ場、フィールドアスレチック遊具、すべり台、幼児用のバネ式遊具を備えた広場や展望台が整備されており、老若男女を問わず楽しめる公園となっています。


公園施設概要

宿泊施設

種別 区分 使用料金 備考
山 の 家
収容人員
100名
大人
1人
一 泊 200円 高校生以上
日帰り 100円
小人
1人
一 泊 150円 小・中学生
日帰り 50円
バンガロー
収容人員
7名x3棟
一 泊 3,000円 一棟に付き
日帰り 1,500円 一棟につき

付帯施設

公衆便所1棟・ポンプ室1棟・炊事場1棟

休養施設

あずまや1棟・木製ベンチ4基・丸太卓3基

修景施設

展望案内板1基・花壇2カ所

遊具

フィールドアスレチック遊具4基・ばね式遊具うま2基・アルミローラーすべり台(25m)1基

使用手続

土曜日・日曜日・祭日を除く毎日午前8時30分から5時まで。

申し込み・問い合わせ先

坂城町びんぐしの里公園 tel 0268 82 0234
坂城町都市開発課 tel 0268 82 3111 内線 238

格致学校

学校建物

名の由来

「格致学校」の校名は、明治7年1月につけられました。 「格致」とは中国の古典"大学"の中に"格物致知"という言葉があり、これは、物事の道理をきわめて、自分の知識を完成するという意味で、これから引用したものであります。 当時の組合立学校には、このような校名が多いようです。

格致学校の歴史

学校の始まり

  明治5年(1872年)に、国が決めた小学校の制度によって、旧埴科郡中之条・横尾の二つの村の組合立の学校として、中之条村「西念寺」を仮り校舎にして学校が始まりました。

新校舎の完成

  明治10年(1877年)に中之条村字一行寺跡(現在の雇用促進住宅付近)に建築を計画、村内の官林であった御堂山(みどうやま)の木の払い下げにより、同年10月に棟上式をおこない、工事費1,381円(当時、米10kgが51銭)をかけて翌年夏に校舎が完成しました。 その年の学区の戸数は405戸、人口は、1,623人でした。この内学齢者は184人でしたが、実際に学校に通った人は93人(男子56人・女子37人)で学齢者外の生徒も14人、6人の先生が勉強を教えていました。

文化財の指定

  昭和46年9月「坂城町指定有形文化財」に指定される。

県宝の指定

  昭和51年3月「長野県宝」に指定される。

また昭和58年3月には、移築復元工事が行われ、その時に「歴史民族資料館」としての機能も整備されました。

学校の構造と様式・文化財としての価値
学校屋根

建物の形

  この学校の建物は、西洋の建物と昔から作られてきた日本の建物の特徴をあわせて持つ「擬洋風建築」(ぎようふうけんちく)といわれる建物で、明治時代の始めに西洋の人たちが多く住んでいた街に発達した建物の形に似ています。

正面入り口のアーチ形、ガラス入りでガラリと言われる細い板をはめ込んで作った開き戸を持つ窓、板を重ねて張りペンキを塗った「下見板」といわれる腰壁、石造の基礎及び塗装の色合いなどに外国の建物のイメージが感じられます。

展示逆に瓦ぶきの屋根、漆喰(しっくい)塗りといわれる白塗りの壁などは、日本の伝統な建物の造り方です。

全体的には装飾部分が少なく、質素簡明な学校らしい雰囲気がある反面、文明開化により新しい文化を積極的にとりいれようとした当時の人達の心意気が伺えます。

 

歴史民族資料館



名称 坂城町格致学校歴史民族資料館
活動 (1)収集保存活動 (2)調査研究活動
(3)公開展示活動 (4)学習活動

お問い合わせ  坂城町教育委員会

観光:その他


つけばつけば
初夏の風物詩「アユ釣り」は、豊かな川を象徴する光景です。
アユ、ウグイ、アマゴ、ニジマス、コイなど魚種も豊富で、これら川魚を河畔で料理する「つけば」は千曲川を代表する景観の一つです。

四月になると、千曲川では真っ赤な婚姻色を身につけたウグイ(はや)の産卵が始まります。 このとき、川の中に人工の産卵場所を作ってウグイを誘う「つけば漁」が行われます。
捕れたウグイは川岸に作られた「つけば小屋」で塩焼き・天ぷらなどに料理されます。

 


葛尾城跡*葛尾城跡
県史跡 昭和49年1月17日指定
左の写真は、満泉寺から葛尾城を望んだところ。

村上氏の本城の跡。葛尾山の山頂を占め、本郭・二の郭・三の郭および脇郭などが1直線上に尾根上にある。本郭が最高所を占め、長さ29m、幅12mの長方形、東北の一辺に土塁跡を残している。本郭の南西に下る尾根斜面を削って二の郭・三の郭があり、さらにその南西斜面に箕状の階段状の段郭が14面ある。それぞれの尾根上の郭の間には深い急斜面の堀切が設けられている。 本郭の南西千曲川に張り出した矢場佐間山(矢間狭間山の転誤の説も)(横吹山)の高所に支城があり、姫城(跡)という。大小二郭がある。 葛尾山の西の山腹斜面に大段・小段とよぶ台地がある。当時の米蔵・兵器庫・兵舎などがあった所で、それらに関係した出土品が多かった。 葛尾山の北東の尾根に湧水、西斜面の泉平にも湧水がありこの城の水の手であった。葛尾城は元中元年(1384)(元中9年の説も)村上義国(義次)が村上郷からその本拠を坂城郷に移して築城したと伝える。以来村上氏の本城であったが天文22年(1553)武田晴信(信玄)の攻略をうけて落城する。 今頂上に村上神社なる小祠がある。清和天皇・源(村上)盛清・村上義光・義国・義清の5柱を祭る。

 


満泉寺*満泉寺本尊石造り釈迦如来座像
県宝 昭和39年8月20日指定

南北朝時代の作で、像高45.8cm。
円満な容姿と彫刻が特徴。

 満泉寺は、曹洞宗、村上氏の菩提寺。もと御所沢にあった修善寺(天台宗)であったが、永正元年(1504)に村上顕清の志願によって曹洞宗に改宗し村上山満泉寺と改めた。武田晴信(信玄)の侵攻によって焼失、以後荒廃する。「天正10年(1582)村上国清(景国)が海津城将に任ぜられたとき、その荒廃を憂いて村上氏居館跡に再建した。これが現在の満泉寺である。村上氏系図その他古記録を保存。

 

耕雲寺*耕雲寺
曹洞宗。天文22年(1553)甲州の耕雲寺の僧厳松乾巨が開き、寺名は武田晴信(信玄)の命名という。村上義清が晴信の攻略にあい葛尾落城の年である。晴信の民衆懐柔の寺院政策の一つであろう。はじめ横尾にあったが寛文年間に現地に移る。晴信の寺名命名書が残る。参道の杉並木は町指定文化財(天然記念物)である。


*十六夜観月堂(網掛の月見堂)

十六夜 古来ここを十六夜山といい観月の勝地、旧更級八景の一。松尾芭蕉が更科紀行の途、姨捨で仲秋の月を賞した翌夜、ここで十六夜の月を賞した故地と伝う。その時の芭蕉が残した十六夜の句を刻んだ芭蕉十六夜塚が庭前に立つ。すなわち、正面に「桃青霊神」(挑青は芭蕉の青年時の俳号)、北側面に「いざよひもまた更級の郡かな」とある。この芭蕉塚は坂城横吹に建てた芭蕉十六夜塚が山崩れのため一時不明になったのを嘆いて.地方俳壇の人々が文政12年(1829)に芭蕉曽遊のこの十六夜山に再建したもの。現在の「月見堂」は安攻3年(1856)に再々建されたものである。伝承によれぱ寛治8年(1094)源(村上)顕清がこの地に流された時、配所の月をここに跳めて心を慰めた、と伝える。しかし実際に流されたのは盛清である。この地は坂城町指定文化財(名勝)でる。

 

*岩鼻

 西岸の岩鼻とともに両岩壁は、遺存寒地植物のそイワナズナ、シモフリナデシコなどの自生地、およびチョウゲンボウの生息地などとして県指定天然記念物である。また北国往還の難所でもあった。